少年は突如現れた目の前の少女の姿にただ息を飲んだ。
少女は一瞬驚いたような表情を彼に向けた後、微笑んだ。

春〜君と花と僕〜

「王子、この花をどうぞ。友愛の印です。」
朝、他国の従者がそう言って王子に贈ったのは美しい花々だった。
白、黄色、オレンジ、ピンク、色とりどりの花は見る者を惹きつけ、
普段は無口、無感情と噂される彼も初めてその花を見た瞬間、思わず目が輝いた。

そう。感情を表に出さぬ少年は
美しく、色とりどりの花々に魅せられてしまった。

そして夜。
「ふぅ。」
少年はため息をつく。
従者も帰り、世話役もはけようやく1人になった彼は散歩をしていた。
彼が目指すのは昼間見た花々が月明かりに照らされた姿。
(やはり、美しい…)
自分でも気づかない程頬が緩んだ彼は、
普段からは考えられないほどの穏やかな表情を浮かべ、
異国の花を従者に習った名前で呼んでみた。
その時だった。
「呼んだ?」
鈴のなるようなかわいらしい声が響いた。
あわてて彼が声のほうを見るとそこにいるのは1人の少女。
彼女は彼を見るとふわりと柔らかい微笑を彼に向けた。

彼女は隣国に住む魔法使いだった。
彼女は鉢ごと送られた自分と同じ名前のこの花が好きだった。
なので、彼女はこの花畑を根城にしていた。
だが、彼女は自分のかけた魔法に失敗し、
自分の名前を呼ばれるまで眠りに着く事になってしまった。
そして眠りについたまま、花と共にこの地へやってきたのだ。

月明かりの綺麗な城の庭。
「あ。そう。」
彼が彼女にまず開口一番に言ったのはその一言だった。
「ちょっと!それだけ!?」
その淡白な反応に彼女は思わず不平を漏らす。
「まぁ、よかったね。元に戻って。」
無表情で続ける彼に彼女はなんだかなぁと不平を漏らす。
「さっきまで笑っていたのに。」
「そんな記憶無いね。」
即座にかえされるかわいくない言葉にやれやれと思いつつ、
彼女はにっこり微笑み彼に言う。
「貴方の願いをかなえるわ。」

魔法使いは助けた人の願いをかなえるきまりがあった。
大概の人間はすぐに欲を言ってそれで関係が終わる。
だが、彼は違った。
「別にいらない。」
その言葉は好奇心旺盛の彼女の興味を引いた。
「そう。なら、仕方ないわ。貴方の本当の願いをかなえるまでここにいるわ。」

「勝手にしろ。」
大して興味もない彼は、彼女にそう言いすてた。
その日から、彼女は彼の行くところについてきた。
「そんな本ばかり見ていたらむすっとするばかりよ。」
勉強しかしない無表情の彼にそういうと彼女は窓の外の美しい景色を見せた。
「本だけじゃ学べない事っていっぱいなんだから」
休憩時間には彼を外に連れ出して人々の暮らしを見た。
困っている人々を一緒に手伝い、泣いている子供をなぐさめ
そして、たくさんの人々の心の温かさを知った。
国に広がる美しい自然の素晴らしさを知った。

うざったいと感じた彼は適当な願いを彼女に伝えた。
だが、彼女はにっこりと笑って彼に言った。
「そんな適当な願い、叶えたくないわ。
 適当かどうか、魔法使いは見分けることなんてわけないのよ。」

毎日のように彼女は彼を連れ出した。
毎日同じような日々をすごしていた彼に、
彼女は日々新しい発見をくれる存在になった。
「おい」とよんでいた彼女を「リア」と愛称で呼ぶようになった。
彼と彼女が出会ってから、二人が共にいるのが当たり前な程、
月日は流れていった。
「美しい国ね。ここは。素敵だわ。」
日の沈む広大な光景を眺め、彼女はつぶやいた。
「あぁ、美しいな…。」
(俺は、この城の中しか世界を知らなかった。それをこいつが変えた。)
彼は将来自分が治める国と、彼女の横顔を見てつぶやいた。
(俺は、大切なものを護っていきたい。)
彼の目からは信じられないほど涙があふれ、とまらなかった。


ある時までは彼は周囲の言う事を従順に聞く少年であった。
冷静沈着に、ある意味機械的に日常を過ごす感情の少ない少年であった。
だが、彼はだんだんとその目に光を宿すようになった。
彼女と過ごし、喜び、悲しみ、慈しみ、そして愛する大切さを表現するようになった。
そして自分の意思を持ち、物事を判断する様になった。
それは以前の彼にはなかった、将来の君主には必要な条件であった。
彼を変えた謎の少女を人々は温かく受け入れつつあった。
だが、それを良しと思わない者たちもいた。
彼の行動を全て把握し、将来は彼を操ろうと思っていた者たち。
彼らは変わった原因の少女を疎ましく思っていた。
彼女をどうにか引き離したかった。
・・・だが、その好機がない


そんなある日。この国の川が氾濫した。
「住人は全員無事か!?」
「王子!そ、それが…。」
「ママー!パパー!」
彼の目には川の氾濫により急な流れの川の中、
必死に板にしがみつく子供の姿が映った。
「くっ!…どうにか方法はないのか!」
「それが・・・。手がないのです。」
「そんな・・・。」
助けを叫ぶ子供。そして子供の名前を叫び泣く両親。
自分の無力さに彼は悔しさで拳を強く握った。
その拳をやわらかい手がつつむ。
彼は驚いてその手の主の彼女を見る。
強い意志を持った目でまっすぐ彼女は彼を見て言った。
「私に任せて。」
次の瞬間、人々は息を飲んだ。
彼女が手をかざすと水の流れが一時とまり、
次の瞬間、彼女の身体は宙にうき移動し、
泣いている子供を抱きかかえた。
そして、抱きかかえると同時に再び水は流れ始め、
彼女はなんでもないようにそのまま彼の横に着陸し、
にこりと笑顔を向け、子供を両親の元に届けた。
両親にしがみつく子供。喜ぶ家族。
そして、微笑みを浮かべる彼女。

その出来事は正体不明の彼女が実は魔法使いだということを
人々が知るきっかけとなった。
そして、それを好機としたものたちは
それに少し『つけたし』をしたものをうわさとして流した。

『王子の隣にいる少女は王子を惑わす魔女であり、
 実は、王子が治めるこの国を狙っているのだ』


彼女が王子を惑わす魔女だという噂は確実にひろがっていた。
「くっ…。リアは魔女じゃないのに。」
「ごめんね。これから王位をつぐ貴方に変な噂が纏わり着く事になって…。」
悔しそうにする彼に彼女はあやまった。
この時代、まだ魔法使いというものを誤解している、恐れている者もいる。
なのに、一国の王子である彼の近くにいた。
そうなら、不用意に魔法は使うべきではなかったのだ。
「リアのせいじゃないよ。」
彼はそう彼女をなぐさめ、彼女のそばを離れない。
そして、心配そうな彼女の顔を正面から見て彼は言葉を続けた。
「聞いてよ。俺の本当の願い…決まったんだ。」
「そうなの?何?」
彼の言葉に彼女は嬉しそうに、そして少しさびしそうな笑顔を向けた。
彼はそれに気づかないまま、隠し持っていた指輪を握り締めた。
「俺…。」
彼が願いを続けようとしたその時。
バン!
音と共に彼の部屋に二人を遮るものが入る。
「王子、いけません。この者は王子を惑わす魔女なのです!」
それは「魔女」となった彼女を彼から護るのが仕事の者。
「魔女じゃない!リアは俺を導く天使なんだ。」
彼はその男の言葉を跳ね返す。
そして、彼女を護るように立ち、男達を睨む。
「王子、そこをどいてはもらえませんか…。」
それを困惑した表情で男達は見る。
その目は(本当に王子は惑わされているのかもしれない)と物語る。
そして、その様子を見て少女は凛と声を出す。
「私、この国を出て行きます。」
「リア!リア!何を言っているんだ。」
驚く少年の後ろから、少女は進んで前に進み出た。
それを男達が取り囲む。
従者が止める間から少年は必死に手を差し出す。
俺の本当の願い、それを君はまだ叶えていない…。
君をよく思っていない奴らのもとにいかせたくはない。
だが、その手を首を横に振った少女は取らなかった。
その行動は彼のこれからの立場を案じてか、それとも何かあったのかは解らない。
彼女は手をとる変わり振り返ると彼に笑顔で微笑んだ。
それははじめてあった時のような柔らかな笑顔。
(だ・い・じ・ょ・う・ぶ。)
目配せで少年に伝えた次の瞬間、少女の周囲は光に包まれた。
直後、一陣の風が吹く。その風に乗り色とりどりの花弁が舞う。
その光景の美しさに人々は見とれた。
それはそこまで長くない時間。でも長く感じる一生忘れられない美しい光景。

そして、人々が気づいた時には彼女の姿はなかった。
少年の手に残ったのは先ほど舞っていた花弁のみ。
それは、彼女と同じ名前の花の白い花弁。

そして、この話の続きは何度目かの春が来てから始まる。
「王子…いや、国王。お久しぶりです。」
他国の従者はそう恭しく彼にお辞儀をする。
年月は過ぎ、少年は青年になった。
そしてそれと共に、彼は国でも語り継がれる強く、賢い王となった。

「それにしてもお渡しした花々をこんな素敵な花畑に…。我が国としても嬉しいです。」
従者はそう言って窓の外に広がる景色を見た。
そこに広がるのは美しい花畑。
彼女の名前と同じ美しい色とりどりの花が広がる。
「王子が気にかけてくださったそうですね。」
「えぇ。」
目の前に広がる広大な花畑を彼は見ながら答えた。
その目はまるで花畑を通して、愛しい人を見ているようだ。
(あの時、結局願いはいえなかったな。君に…。)
そして、彼は一つのプレートを大切に見つめる。
それはあの時に彼女が残した花びらを押し花にしたもの。
あれから何年がたっただろうか。
魔法を使うものが増え、魔法使いを恐れる風習はきえていった。
(君は、どうしているのだろうか・・・。)
どこにいるとしても、幸せであることを願っている・・・
どこか寂しげな彼の様子を見て従者は声をかける。
「そういえば、ご存知ですか?この花は花弁の色によって花言葉が多少異なるのです。」
「そうなのですか。」
急にどうしたのだろうという疑問を持ちつつ、彼は従者の話を聴く。
「黄色は無邪気、赤は純潔。そして王の持つその白い花弁は…。」
「親愛。」
従者のものと思えない鈴のなるようなかわいい声が響いた。

あわてて彼は従者を見る。
声の主は従者の後ろにいた。
「イリア、久しぶり。」
声の主はにっこりと微笑む。美しい女性の中にあの頃のかわいらしい面影が見えた。

彼女を見て彼は一瞬驚いた後、嬉しそうに微笑んだ。
彼は微笑んで名前を呼ぶ。
再会を願っていた彼女の本当の名前を。


「フリージア」

end

***********あとがき************
(GC)SNSの参加コミュの創作発表会提出作品。
『春』というテーマで創作物と言うことで童話テイストのものをかんがえました。
イメージはショートムービー。淡々と描くものをイメージしています
あまり、テーマ反映されていないかもしれないですね(==;)
フリージアをモチーフにしたのは名前の響きと、花弁の色で花言葉が違うのがおもしろいなと。
ちなみに最初、リアはティーポットの精霊でした。
そして生まれ変わりハッピーエンドだったのに、いつのまにかこんなオチに…。
今はこっちの展開の方が気に入っています。
個人的にはハッピーエンドのような形になればいいなぁと思っています。
長い文章ですが、少しでも楽しんでいただければとおもいます。