暗い闇の中。
声が響く。
・・・れ。
…手をとれ
手を差し出した瞬間。
周囲は光に包まれた。

第1話:始まりの冒険(前編)

「キャ〜!」
ダルニスの郊外、センリという町の領主屋敷。
その一室で今日も甲高い声が響く。
叫んでいるのは年配の女性。
「エンジ様!エンジ様!」
 彼女が必死で叫ぶ一人の少年の名前だった。

「まったく、エンジ様は。毎日飽きないんですか。」
 数分後。その部屋にはぶつぶつという女性の姿があった。
そして彼女の視線の先にはもう1人。
「ちぇ〜。ユンナ。玉には見逃してくれよ。」
そう苦笑して年配女性、ユンナに頼む少年がいた。
茶色い髪に元気いっぱいの緑色の瞳の少年。
彼はこのセンリを治める領主の息子、エンジだ。
「勉強は勉強の時間です。センリを護る頭首の息子として恥じない…。」
「『行動を!』…だろ?兄貴が継ぐんだしいいじゃん。」
 お決まりのユンナの言葉を聞き飽きていますと言うようにエンジは続ける。
「そういうわけには行きません!お勉強は大切です。」
「わかっているけど、別に机の上でする勉強が全てじゃないと思うんだよなぁ。」
ユンナにそうぼやくとエンジは窓の外を見る。
青い空。白い雲。大きな大地。
「自分の目で見て、体験して、学ぶ事も多いし、素晴らしいと思うんだ。」
「また、エンジ様の『トレジャーハンターになりたい』ですか?」
「なんだよ「また」って。危険を越え、仲間と共に古代の英知を探す…最高じゃないか。」
「全く。そんな夢物語よりも、勉強してください。」
呆れたようにユンナは言うとエンジの前にどさりとおく本の山。
「今日はこれだけやってくださいね。」
「ゲッ…。」
「やれば出来るんですから。明日確認しますからね。」
エンジの声もむなしく、ユンナはようしゃなく釘をさし、部屋から出て行った。
「あぁ〜あ。…別に夢を語っているつもりはないんだけどなぁ。」
エンジはぼやきつつ課題になっている本を開く。
「…はぁ。めんどい。」
課題をしながら外を見る。青い空。白い雲。
「抜け出すか。」
1人でつぶやき、エンジは勢いよく窓を開けた。

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「エンジ!お前また抜け出したな。」
町の広場で1人の少年はエンジを見てまずそう言った。
黒い髪の毛に茶色の帽子をかぶっている青い瞳の賢そうな少年。
そのエンジへの表情はまたかと呆れている様でもあり、こいつらしいなと面白く思っているようにも見える。
「なんだよ、ロア。その言い方は。」
エンジは同じ歳で幼馴染の少年に口を膨らませながら言う。
「だって、さっきユンナさんに連れ戻されたばかりじゃないか。」
ロアの当然とでも言うような口ぶりに一瞬エンジはたじろく。
「い、いいんだよ!きちんと最低限のものはやっているんだから。」
エンジはきらきらと目を輝かせながら続ける。
「それに俺は、紙での知識よりも経験しなが得た知識がほしいんだ。」
「エンジはそんなにトレジャーハンターになりたいんだ?」
「うん。」
ロアの言葉にさらりとかえすエンジ。
「お前だって一流の薬剤師になりたいだろ?それと同じぐらいマジなんだって。」
「それは知っているよ。」
親友の言葉にだから止められないんだよと思いつつロアは言葉を返す。
「ハハハ。またエンジはそんなこと言っているのか。」
そんな二人のやり取りに恰幅の良い中年の男が声をかける。
「笑うなよベニスのおっさん。俺は機会があればいつだって冒険に出たいんだ。」
そう断言するエンジにベニスと呼ばれた男はハハハと笑う。
「そうか。んじゃ、いい情報教えてやるよ。」
「いい情報?」
「おうさ。」
繰り返すロアにぎこちないウィンクを送るとベニスは続ける。
「なんでも、エイロの洞窟にトレジャーハンターらしき奴が向かっているらしい。」
「え!?それ、本当か!?」
驚くエンジにベニスは続ける。
「洞窟近くの町でエイロの洞窟の場所を聞いている奴がいるらしいんだが、
 どうもトレジャーハンターらしい。もしかしたらお宝があるのかもな。」
そう言ってハハハと笑うベニスにエンジは目を輝かせる。
「エンジ、早速洞窟行って確かめようとか考えるなよ。」
エンジの様子にロアは釘をさす。
「ロア…。」
ロアの言葉にいたずらが見つかったときのような表情をするエンジ。その時だ。
「エンジ様!やっと見つけました。」
「げっ!ユンナ!!」
恐ろしい剣幕でエンジの元へやってくるユンナに顔が真っ青になるエンジ。
「か、課題はもうすぐ終わるからさ…。」
「そのもうすぐぶんを終わらせてもらいます。」
逃げようとするエンジを捕まえるユンナ。
「エンジ!」
そんなエンジにロアは声をかける。
「夜も遅くなったら洞窟は危険だ。明日、2人で確かめに行こう。絶対、1人で行くなよ!!!」
「あぁ!わかっているよ。」
無鉄砲さを心配する親友の言葉にユンナに引っ張られつつエンジは笑って答えた。


「全く、ベニスさん。なんでエンジにあんな事言うんだよ。」
エンジが見えなくなった後、ロアは情報提供者のベニスに文句を言う。
「ロア。ああいうタイプは一度冒険しないときがすまないのさ。」
そんなロアにベニスは諭すように言うとぎこちないウインクをして言葉を続けた。
「それに、大丈夫だ。
 確かにエイロの洞窟の場所を聞いている男はいるが、ただの観光目的らしい。
 それに、あんな洞窟に宝があればもう誰かが見つけているよ。」
ハハハと笑うベニスにロアは呆気にとられ、やれやれという表情を送った。

(後編へ続く)